フィリップス曲線くん『おはよう!!』 私『寝てろバカ!』 という話※(米印)

インフレと物価について

※若干の時事ネタを含みますが、政治的な主張を含んでいるわけではありません。どうかその点をよく理解して、視野を明るくし、共感から離れて見てください(テレビのテロップ並感)。

 

 現在、インフレがアメリカで大きな問題となっています。1月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比で7.5%も上昇しました。少し前までは、このインフレは「transitory」(一時的なもの)と言われていましたが、どうやら一時的では収まらなさそうだ、という見方が大勢になってきたようです。
 「いやいや、そんなツマラナイ話はいいから、歴史の話をしなさいよ」と思ったあなた。申し訳ない。しかし、ちょっとばかり歴史とも絡んできますから、もう少し我慢してください。
 それは「フィリップス曲線」です。

フィリップス曲線は ぐうぐう ねむっている

 フィリップス曲線とはなんぞや、という話を少ししましょう。これは「失業率と物価上昇率」または「失業率と(名目)賃金上昇率」の間にある関係を示した曲線です。ここで物価上昇率と賃金上昇率をあげているのは、ふつう、この2つは強く相関するためです。以後は物価で統一しましょう。
 横軸に失業率を取り、縦軸に物価上昇率を取ると、負の相関(すなわち右下がりの関係)があらわれることがわかっています。こういうことを言うと数学者に怒られますが、形状としては反比例の曲線をイメージするとわかりやすいと思います。
 つまり、失業率が下がると、物価が上がってしまい、インフレになるのです。経済学者は「トレードオフ」という言葉が好きなので、この関係を「失業率とインフレのトレードオフ」とか言ったりします。あっちを立てればこっちが立たず。人生はだいたいそんなもんです。

 
 

 ところが!
 最近、「フィリップス曲線のフラット化」が指摘されるようになりました。フラット化というのは、文字通り平らになってしまうということです。横たわる直線をイメージしてみてください。そう、失業率が下がってもインフレにならないのです!
 じゃあいくらでも失業率を下げられるじゃないか! そう思った時期が私たちにもありました。

フィリップス曲線は めをさました!

 みんなが「平ら」とか「絶壁」とか言うから、フィリップス曲線くんは目を覚ましてしまいました。お前らのせいです。あーあ。

 

 冗談はさておき、事実として、アメリカはインフレになってしまったのです。失業率は3%台まで改善しましたが、物価は上がりました。もちろん、賃金も上昇しています。フィリップス曲線はフラットではなくなってしまいました。

 

 ここで、当然疑問が出てきます。「なんでインフレになったの?」ということです。あるいは質問を変えても良いでしょう。「なんで今まではインフレにならなかったの?」と。

 

 残念ながら、どちらの問いにも、経済学者は断定的には答えられません。
 物価はとにかく難解なのです。いまだに経済学者は物価のことをよくわかっていません。なにせ、2020年の段階では「これはデフレになる」と言われていたのですから。現実は皆さんがよくご存じの通り、インフレになっています。
 もっと言ってしまえば、「フィリップス曲線のフラット化」の原因として、経済学者たちはたびたび「インフレ予想」を話題に上げていました。簡単に言ってしまえば、「インフレになると思っていないからインフレにならない」という話です。それなら、むしろ「デフレになる」と言っていた今回は、どうしてインフレになったのでしょうか。わからないことだらけです。

 

 けれども、推論することはできます。今回はその手掛かりの一つとして、歴史上のインフレについて見てみましょう。

そう、ようやく本題なのです

 もっともわかりやすいインフレの例は、江戸末期の万延貨幣改鋳でしょう。
 背景をちょっとだけ説明すると、当時は金銀比価(金と銀の交換比率)が日本と外国で違ったため、その差を利用して儲けることができたのです。これでは日本国内から金が流出してしまいます。そこで、幕府はやむを得ず金貨(小判)をおよそ1/3の価値(量目)まで下落させる改鋳を行いました。これで流出の危険は去ります。
 ところが、ちょっと思い出していただきたいのが、江戸期の金貨は計数貨幣であったということです。金貨の価値が下がろうと、1枚は1両と決まっています。さらに、このときの幕府は、改鋳をスムースに進めるため、市中の旧金貨1枚と新金貨3枚をただちに交換し、差額(出目)を懐に入れたりはしなかったといいます。つまり、市中の貨幣量がいきなり3倍になってしまったのです。
 貨幣で買えるもの(たとえばお米とか)の価値は変わらないのに、貨幣だけが増えてしまえば、当然貨幣の魅力は下がります。したがって、物価は上がり、猛烈なインフレが起きました。

 
 

 次の例を見てみましょう。第二次世界大戦後の日本に目を向けてみます。
 このとき、いわゆる傾斜生産と復興のために、復興金融金庫(以下復金)は莫大なお金を市中に供給しました。有名な「復金インフレ」です。
 正直なところ、このインフレについての解説はほとんどこれで済んでしまうのですが……ひとつだけ付け加えたいことがあります。というのも、実は復金が設立される前から既にインフレははじまっていたのではないか、という議論があるのです。これは復金では説明できません。
 しかし、その時期にインフレが起きていたとしても、原因はかなりはっきりしています。馬場財政以来(高橋財政以来ではないか、という指摘もありますが)無頓着に発行され続けた赤字国債の日銀引き受けです。やはり莫大なお金を市中に供給していたものが、戦後になって統制経済がゆるみ、顕在化したというのが今のところの定説です。結局、その議論の結論も復金とほとんど同じ、「市中でお金がだぶついた」ということになります。

 
 

 最後の例は私たちにもなじみ深い、「狂乱物価」です。
(また日本か! という突っ込みはご勘弁を……)
 この例は、一見今までの事例と異なるように思えます。私たちは「オイルショックによって狂乱物価が起きた」という文脈で語りがちです。たしかに、石油製品(トイレットペーパーなど)は、当時大きな問題となりました。ところが、よくよく調べてみると、石油製品以外も値上がりしていたとわかってきました。これはオイルショックでは説明しきれません。
 ひとつの説として、ここでも「市中でお金がだぶついた」のではないかという指摘があります。田中内閣の列島改造や、ニクソンショックからの一連の通貨混乱の中、金融緩和が続けられたことなどによって、市中のお金がだぶついたという議論です。

物価ちゃんは一筋縄では攻略できない

 さて、ここまで3つの例を見てきました。どの例も、「市中のお金がだぶつく」というのが原因になっていそうだ、ということがわかりますね。インフレになったのは、市中のお金がだぶついたからで、インフレにならなかったのは市中のお金がだぶついていなかったから。そういう説明ができそうな気がしてきます。
 現在のアメリカの場合なら、コロナ禍の対応でかなりの財政支出を行ったことや、それまでずっと行って来た金融緩和(単純に言えば、市中のお金を増やすことです)が原因になるでしょう。

 

 ところが、実はこれだけでは不十分です。市中のお金がだぶつくことが原因だとしても、どうにもインフレまでの間には時間的ラグがあるように見えます。
 赤字国債の日銀引き受けは戦前から行われていましたが、インフレが問題になったのは戦後です。田中内閣がはじまったのは「狂乱物価」よりも前です。現在のアメリカの場合も、新型コロナウイルスがcovid“19”と言われるように、コロナ禍のはじまりはもっと前です。
 個別に説明のしようはありそうですが、もっと簡素にモデル化できなければ、経済学者は「物価がわかった」なんて口が裂けても言えません。
 もちろん、ラグがまったくないという主張もできるでしょう。たとえば「あるラインを越えたらインフレがはじまる」という考え方です。しかし、その「あるライン」が明確でない以上、やはり問題は残ります。
 ちなみに、この問題は上記の説明にも言えます。「だぶつく」が明確に数値化されなければ、経済学者は不満顔のままなのです。

 

 しかし、わからないことに何かしらの解釈をあてて、モデルを作ってゆくのが経済学者の仕事でもあります。今回ご紹介したフィリップス曲線はその一つです。そして、今回は起き上がってしまった理由に「市中のお金がたぶつく」という解釈を与えました。
 それが正しいのかは、残念ながら今はまだわかりません。

 

 いずれにせよ、フィリップス曲線が起きてしまった以上、アメリカはインフレ対応を迫られます。インフレとの戦いは、先に上げたどの例でも悪戦苦闘の連続でした。今回はもう少しうまくいくことを祈るばかりです。

 
 

参考文献:
渡辺努(2022)『物価とは何か』講談社選書メチエ。
など。

※(米印)

By ※(米印)

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