日本の「インダストリアル」revolutionと「インダストリアス」revolution※(米印)

日本の「産業革命」

 皆さんは、「industrial revolution」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。日本語に訳せば「産業革命」です。
 「バカを言うな、それくらい誰だって知ってらぁ」という声が聞こえて来そうですが、ちょっとばかしindustrial revolutionの話を聞いてってくだせえ。
 「それはいいけれど、英語にしてるのがしゃらくさい」ですって? それにもちゃんと超重要な意味がありますから、しばしお付き合いをば。
 
 さて、皆さんは、「産業革命」と聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか。機械の導入、飛躍的な生産効率向上、労働者の誕生……
 おそらくは「革命」という言葉に引っ張られて、まるで天地がひっくり返るかのような大転回をイメージしがちなのではないかな、と思います。しかし、この世の大概の物事については(クソデカ主語)、「革命」などと大上段から論じるのはナンセンスと言わざるを得ません。
 むしろ、緩やかな、しかし着実な変化にこそ注目しよう……というのが、近年の政治史や経済史研究の潮流なのです。
 極端な話になると、いわゆる産業革命否定論なんてのも出てきますけれども、とりあえずのところ、本稿では少なくともその時代に起きた進歩の行程は肯定してあげましょう。行程だけに。

在来産業「私のこと、忘れちゃった……かな。あはは……私、影薄いもんね……」

 では、そのindustrial revolution、「産業革命」というやつはいつ日本で始まったのでしょうか。ほとんどの人は、明治期だろうと答えると思います。事実として、この時期の殖産興業政策などを経て、日本には機械化の波が押し寄せてきました。その結果、有名な富岡製糸場なんかがにょきにょき生えてくるわけです。
 
 しかして、皆さんがイメージするような、でっかい機械がガッコンガッコン動くような工場労働というのを、みんながみんなやっていたわけではありません。
 この辺りはマルクスファンクラブの皆さんが喧々諤々の議論をやっていらした分野で、彼らが言うには工場での機械工業の前に、「マニュファクチュア」(工場制手工業)という段階があるという話になっています。で、さらに彼らの議論を紹介するのですが、日本は幕末期には「厳密な意味でのマニュファクチュア」に達していたのではないかと言います。
 厳密がどうこうってのについては神学論争が掃いて捨てるほどあったのですけれども、ともあれ、幕末期に一部では工場制手工業が見られていたのは事実です。
 
 もしかすると勘の良い方は気づかれているかもしれませんが、この「一部では」という文句が重要です。というのも、結局のところ、「いっせーの」で工場が降ってきたり、機械がぽこじゃか湧いてきたりするわけがないんですよね。ファンクラブの方々が「マニュファクチュア」よりもさらに前段階だとしていた家内工業までも、明治期以降も随所にみられるわけです。なんなら、大隈財政期ころならば、工業製品の大部分は江戸期以来の技術によってつくられていたのです。
 
 日本経済は、工場で機械を動かすような近代産業と、旧来の在来産業が併存しながら発展しました。在来産業は読んで字のごとく江戸期から存在した産業ですから、私たちが注目したい対象そのものです。
 それでは、近代産業は江戸期からの連続性がなく、西欧からどんぶらこ、カイコクシテクダサーイとやってきただけのものなのでしょうか。もちろん違います。そこには江戸期からの連続性ももちろんあります。
 
 それこそが、日本における近代産業発展の要因の一つ、industrious revolution(勤勉革命)なのです。

ただの言葉遊びなんだ。すまない

 賢明な読者の皆様は既にお気づきのことかと思いますが、速水らが唱えた「industrious revolution(勤勉革命)」の「インダストリアス」は、「industrial revolution(産業革命)」の「インダストリアル」にかけているのです。だから、私は先ほど「超重要な意味」があると述べたのですよ。
 
 ……あんまりこんなことをやっていると、そのうち批判的なトマトがカイコクシテクダサーイと飛んで来そうですので、本題に行きましょう。
 速水らの主張は次のようなものです。
 江戸期には、長時間の労働を行うことで生産量を高めるという「勤労」が、人々の間に広まりました。これは彼らが「独立した経済主体として行動し得るようになった」ことによるものであり、より具体的には、生産量を高めることで生活水準を高められる、という信頼が生まれたことによるものです。
 
 何を当たり前のことを、そんなのオセアニアじゃ常識なんだよ! と仰る方もいるかもしれません。
 たしかに、私たちはふつう、働けば働くほど豊かになると信じています。もちろん部分的にはそうでないこともありますが。たとえば3人分の仕事がなぜか1人に押し寄せているとか、それを下手に頑張っちゃうと補充が来ないとか……
 んんっ、ともあれ、少なくとも社会の大部分にはその信念が成り立ちます。成り立つことにしておいてください。成り立たなかったら悲しいので。
 ところが、前近代の、とくに農業セクターでは必ずしもそうではありませんでした。
 というのも、「胡麻の油と百姓は絞れば絞るもの」などと言われたように、農業従事者のもとには最低限を残して、それ以外を全部年貢でとってしまう、というようなシステムも珍しくはなかったのです。
 
 しかし、近代に向かうにつれ、「勤勉革命」が起きてゆきました。
 そのためのひとつの画期は、速水らも提示している「定免法」の導入です。
 それまでの、生産量に応じて年貢量を決める「検見法」に対して、毎年一定量の年貢を取るシステムを「定免法」といいます。すなわち、米俵で10俵と年貢が決まっていれば、15俵収穫しても、20俵収穫しても、あるいは100俵収穫しても、10俵以外は全部自分のものにできるのです。
 
 これは経済学者の大好きな「インセンティブ」(動機)というものに他なりません。定免法は生産量を増やすインセンティブとして機能したと考えられています。
 そして、生産量を増やせば、余分な分を生活水準向上に使ったり、あるいはさらに翌年の生産量を増やすための肥料を買ったり、なんてこともできるようになるのです。そこで、先に述べたような、「生産量を高めることで生活水準を高められる」という信頼が生まれます。これが「勤勉革命」です。
 
 維新後の近代産業導入の中で、「勤勉革命」は様々な形で表出します。たとえば職工の勤労はわかりやすい例でしょうし、あるいは庶民の教育への意欲もこの文脈に位置づけられるかもしれません。
 既成の経済成長モデルであるSolow-Swan modelなどは、もっぱら資本蓄積と技術進歩(と人口)に着目しますから、速水の労働力の投下への着目は非常に鋭い指摘だったのです(と私は思います)。

まとめにかえて

 今回は、主に「産業革命」前後の連続性に着目して論じました。ただし、私が「一部」や「~もある」という言い方を繰り返してきたように、これらは連続性「だけ」で語れるものでもありません。そこには断絶だって存在しますし、さらには連続性と断絶性がミックスされたような分野もあります。
 経済は複雑なのです。それを言っちゃあおしめえよ、という感じですが、論文一本や書籍一冊なんかで語り切れるものでは到底ありません。いわんやこんなブログをや。
 けれども、他のブログでも言及したと思いますが、それを理解した上でどのような視角で見るのか、というのが大切になってきます。
 
 かつての理解は、トランプの大富豪よろしく「革命!」ですべてがクルっとひっくり返ってしまう、というようなものでした。もちろん、革命に伴う断絶的な変化も少なからずあります。
 他方で、今回私たちは「産業革命」の連続性に着目しました。江戸期の「勤勉革命」の下地が「産業革命」を後押しした側面や、「産業革命」後にも江戸期以来の在来産業が持続していたという側面ですね。
 
 どちらが正しい、ではありません。どちらも正しくて、どちらも間違っています。どちらも異なる、興味深い示唆を与えてくれます。
 その上でどう扱うか、その上でどんなモデルを当てはめるか。それはぜひとも皆さんに考えてもらいたいと思います。
 そして、私の文章が、少しでもそのお役に立てたら、恐悦至極、感謝感激、これに過ぎたるはありません。

suggested readings

 今回のブログは「参考文献」という形で紹介するとあまりに広範にわたってしまうので、あくまでも「suggested readings」(「おすすめ」)として文献を紹介させていただきます。

  • 速水融、宮本又郎(1988)『経済社会の成立 17-18世紀』(日本経済史 1)、岩波書店。
    (速水先生の本はいっぱいあるのですが、個人的にはこれが良いんでないかなぁと。他にも、2003年の『近世日本の経済社会』などもおすすめ)
  • 中村隆英(1985)『明治大正期の経済』東京大学出版会。
    (たしか前にも中村先生の議論を取り上げたと思います。かなり色々手広くやっている人で、戦前はもちろん、戦後についても本を出していたはずです)
  • 阿部武司(2022)『日本綿業史 徳川期から日中開戦まで』名古屋大学出版会。
    (どれも古いんだよ!! と文句言われそうな気がしたので、この前出たばかりの本をば(両極端)。阿部先生はこの分野の大家でごぜーます)

こんな感じでございます。ではでは、みなさんも楽しい勤労ライフをば(吐血)

※(米印)

By ※(米印)

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