それでもケインズは死んでいる。※(米印)

いいかげんケインズ経済学をやめよう

 今回のブログは、どちらかというと私の思想(?)的な部分が結構出ております。ただ、これはどちらかといえば経済学の世界では主流の考え方ですので、そんなに偏った思想にはなっていないはずです。というかむしろ現実世界が偏りすぎ(は?)。
 まぁ前置きはこの辺にしまして。タイトルの通り、「ケインズはもう卒業してくれ」という話です。
 ただ、それだけでなく、「なぜケインズが過度に持て囃されるのか?」ということにも触れてゆきます。その辺で少しばかり経済政策史に触れますから、「歴史」の一部ということでお許しくだせえ。
 
 ケインズの理論は、「ケインズ革命」以来かなり長いこと力を持っていました。もしみなさんが経済を学んでいる学生さんなら、学部1年生で習う「IS-LMモデル」などが有名なケインズ的なモデルです。
 そのようなモデルも、もちろん、ごくごく初歩的なインプリケーションについて、平易に説明するという意味においては使用することもあります(実際、私も「日銀の金融政策」の動画の補足解説ではIS-LMモデルの解説を行いました)。
 
 ただし、経済学の世界においては、現在IS-LMをはじめとした旧来型のケインズ的モデルが用いられることはありません
 
 これはもうほとんど断言してしまってよいことだと思います。いわゆる「ルーカス批判」を経て、今は「ミクロ的基礎付け」に基づくマクロ経済学モデルが主流となっているのです。
 もっとも、名前の上では「ニューケインジアン」という立場があり、現在もかなりの影響力を持っている学派(有名なDSGEモデルはニューケインジアン的なモデルです)ではあるのですが、彼らもまたミクロ的基礎付けの上に立っています。決して、彼らがIS-LMモデルを採用して議論を行っているわけではないのです。
(なお、この記事で「ケインズ」とか「ケインジアン」というときは、原則として旧来型のケインズ的な立場を指すこととします)
 そのような意味において、間違いなくケインズは死にました。
 
 
 ところが、驚くべきことに、経済学から一歩外に出ると、いまだにケインズが大股で闊歩しています。
 それも、ケインズの限界を知った上で、妥当な範囲の含意を得るために使われているのならばよいのですけれど、残念ながら、いまだにまるで万能薬かのように使われていることが多いのです。
 
 といって、私も彼らをあれこれと非難しようというわけではありません。そこには興味深い(イギリス風味)構造的な問題が存在するのです。それは後に触れましょう。
 

ケインズ、そもそも生きていたのか?

 ここで、改めてケインズの死亡確認を行っておきましょう。
 ケインズ理論が(短期的に)財政支出や減税を正当化する根幹は、「乗数」にあります。
 財政支出と減税では若干の違いがありますが、結局のところは「100万円支出したら、100万円より大きな経済効果があるんだ!」ということを、ケインズ(およびその後継者たち)は主張しました。
 もしそれが本当なら、たしかに魅力的な提案です。
 
 が、多くの実証研究が示すのは、その乗数は「1」未満であるということです。
 ケインズを信じる人々には残酷な話ですが、「100万円支出しても、100万円より小さな経済効果しかない」というのが、事実なのです。
 
 たとえば、コロナ禍における例の10万円の給付金は、3.5兆円の経済効果があったと言われます。
 しかし、給付金は1.2億×10万円ですから、支出は12兆円。つまり、乗数は「0.3」程度です。
 さらに悪いことに、この給付金はインフラなどへの投資と異なり、公共財の供給という観点からは正当化できず、一方で所得減税のように労働のインセンティブの観点からも正当化できません。
 平たく言ってしまえば、これは失敗でした。
 
 他の例、たとえば戦間期の諸国でもまた、ケインズは生きていなかったようです。
 「ニューディール」の効果は、最近になって見直しが進み、想定されていたよりもずっと小さなものだったと判明しています。
 ドイツの経済が復活したのはケインズ政策ではなく、通貨の安定が最も重要であった可能性が高いと見られています。
 そして日本も、「高橋財政」成功の要因は通貨レートの(疑似的な)切り下げが功を奏したのだという意見が出てきています。
(申し訳程度の歴史要素。でもこの辺の研究はすごく活発で面白いので、よければぜひ)
 
 もはや、現在においてケインズが死んでいることだけでなく、「そもそもケインズは生きていたのか?」(有効であったことはあったのか?)という話にまで発展してしまうのかもしれません。
 

「大きな政府」というケインズ主義、「小さな政府」というケインズ主義

 皆さんは「大きな政府」と「小さな政府」という言葉をご存じでしょうか。
 政治学の方に怒られるのを承知でざっくりと言うと、文字通り大きな政府は色々なことを政府がやって、小さな政府は色々なことを民間に任せるスタイルです。
 誤解して欲しくないのですが、これはどちらが良いとか、どちらが正しいとかいうものではなく、単なる政治的な態度の区別です。最もわかりやすいのがアメリカで(毎回アメリカの話してる気がするな?)、民主党は「大きな政府」、共和党は「小さな政府」をそれぞれ志向する立場に立っていると言われています。
 
 ここで皆さんに質問です。民主党と共和党、つまりは「大きな政府」と「小さな政府」、ケインズと親和性が高いのはどちらだと思いますか?
 
 たぶん、多くの人は民主党の「大きな政府」だと答えると思うのです。ニューディールなんかも民主党でしたからね。たしかに、民主党はケインズ的政策を重視し、行ってきました。
 ところが、実際の所、共和党もまた(場合によっては、意図せざる形で)ケインズ政策を繰り返してきたのです。
 これは、共和党が「小さな政府」を放棄して、「大きな政府」を志向したということではありません。
 むしろ、「小さな政府」のための政策――減税――こそが、本質的な小さな政府主義者にはおそらく不本意な形で、ケインズ政策として機能してきたのです。
 
 ここに、人々がケインズに依存する病理の根幹があります。
 有権者の多くは、「減税」や「財政支出」を好む、と政治家は思っています(私は、有権者が実際にはそうではないことを願っていますが)。政治家の最も大きな動機、すなわち選挙のために、彼らはそういった政策を使用してきました。言葉を悪くすれば、「バラマキ」です。
 そして、政治の都合により、ケインズの理論はそれを正当化するように引用されたのです。あるいは、当初から、ケインズはそのような政策を(目的は異なれど)行わせるために彼の理論を組み立てたので、それほど不思議なことではないかもしれません。
 
 はっきりしているのは、「大きな政府」主義者は、政府を大きくするための必然的な増税を行う前に財政支出を行い、「小さな政府」主義者は、政府を小さくするための必然的な支出削減を行う前に減税を行ってきた、ということです。
 自然に税収が増える時代なら、それもよかったかもしれません。均衡財政が維持される限り、他の経済理論もそれを支持できます。
 けれども、アメリカでも、日本でも、他の国々でも同様に、世には赤字財政が蔓延りました。
 彼らはそれを正当化するために、何度も何度も、ケインズを墓場から掘り起こ起こしてきたのです。
 

でも、ケインズはやっぱり無視できない

 と、ここまでケインズをこき下ろしてきましたが、「我々は皆ケインジアンである」という言葉がある通り、やっぱりケインズを無視することができないのも事実です。
 「ニューディール」の頃、ルーズベルトは「何かしなければならない」ことと、「何かすることを期待されている」ことを実感していたといいます。それが効果がないものであっても、とくに不況においては、ケインズ的な政策が人気になってしまうものなのです。
 そして、その際、ケインズ理論は国民の感情的な部分において効果を発揮しているかもしれません。つまり、「何かしてくれた」から「経済が回復するはず」という期待です。
 
 また、これはもっと幅を広げることができます。先ほど「失敗」と断じた給付金も、国民の感情の面においては支えとなったかもしれません。
(それを踏まえても私は良い顔をすることはできませんけれど)
 何度も言っている通り、経済は複雑です。表面的に表れる乗数だけでは捉えられない部分が、やはり存在するのです。
 最近は「ナラティブ」に注目する経済学も現れてきていますし、そのような部分も少しは明らかになってくるかもしれませんね。
 

まとめっぽいもの

  • ケインズは死んだ。もういない。
  • そもそも生きていたかすら怪しいぞ。
  • 政治家さんは赤字がお好き?
  • やっぱケインズってすげーわ。

 
 という感じでしょうか。
 ただし、今回はかなり厳密さを犠牲にしているので、あんまりあてにしない方が良いかもしれません。
 たとえば「減税」と「所得減税」を意図的に使い分けましたが、インセンティブの観点から言えば「所得減税」は正当化できても「消費減税」は正当化できない、みたいなのがあるんですよね。その辺の説明は完全にはしょりました。
 まぁ、この辺が厳密に知りたい方は最近のマクロ経済学の理論をやってくだせえ……(なお、ほとんど英語しか文献がない模様)
 
 ただ、今回の記事が、安易にケインズに走りがちな皆さんを押しとどめて、冷静に経済学者の意見に耳を傾けるきっかけになってくれたらなぁ……という思いは若干あります。Twitterとかだとどうしても「積極財政」的な意見がヴァイラルになりがちなので、もうちっと頭冷やしてくれたらなぁ、と思ったり思わなかったり。
 
 そんなところで今回は終わります。ケインズ好きだった人はごめんね。あと政治的な話が結構多くて「むー」となった方にも申し訳ないです。どうしても「政策」って話になると避けて通れないもので……

※(米印)

By ※(米印)

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