『宮廷文化と民衆文化』読書メモ

歴史を学ぶものは動画なんか見ずにちゃんとした本を読むべきなのは当然のことなのですが、私は動画を作るために本を読んでばかりで、いつの間にか本を読むことを目的とした読書ができなくなっておりました。 そこで今回からは今後の読書モチベーションのために本を紹介していくこととしました。しかし、読書がはかどっていなかった私に紹介できる本は今のところこの以下の本ぐらいでしょうか。 『宮廷文化と民衆文化』世界史リブレット …薄い本です。今度はごつい本を紹介するので許して… 本書はブルゴーニュからブルボンまでの宮廷文化とフランスの近世民衆文化を取り上げて、その二者がブルジョワ階級の勃興で統合されるところまでを扱っています。とはいっても内容はほぼ宮廷文化で、民衆文化とブルジョワの説明はわずかです。私は民衆文化やブルジョワ文化などより宮廷文化に興味があったので全く問題ありませんでしたが、民衆文化側に興味を持たれている方にはお勧めできないでしょう。ただし18世紀の生活に付随した文化を勉強し始めるためならいいのではないかと思います。 さて軽く各章の内容をお伝えしますと以下のようなものです。 ①ブルゴーニュとウルビーノの宮廷 本章で宮廷文化の始まりは15世紀ごろのブルゴーニュであると述べられています。それ以前の宮廷文化、シャルル・マーニュやアリエノール・ダキテーヌと分けたのは武だけではなく文の力を有して形成された文化だからだとしています。晩餐はもちろん、音楽や蔵書、入市式などの儀礼において当時西欧において最も壮麗なことでブルゴーニュは知られていたのです。そのブルゴーニュに次いで紹介されるのはルネサンス期のイタリア宮廷であり、特にウルビーノを中心にしています。宮廷は王の住居であるだけでなく、それまでの修道院や教会に代わる文化の発信地でもあることが様々な部分から語られています。 ②フランスの宮廷 宮廷と言えばだれもが思い浮かべるバロックからロココの時代のヴェルサイユ。ベルばらの聖地です。ブルゴーニュやウルビーノが栄えていたころのフランスは、内乱やらペストやらで悲惨な状況でした。それが収まっても宗教改革による動乱が起こり、七転八倒の時代が続きました。そうした状況の中でも着実にルイ14世時代に花開く宮廷文化の下地が出来上がっていることを示しています。特に下積み時代のフランスに特徴的な移動宮廷の記述は興味深いです。そのあとは皆さんご存知の、ヴェルサイユに固定された宮廷文化の王道です。国王の行動がすべて儀式と化す、24時間舞台の上のような生活。そして収入源を求める貴族たちの阿諛追従。そりゃプチ・トリアノンに農場を作ってのんびりもしたくなりますね。 ←プチ・トリアノンです。こっちはヴェルサイユ宮殿。たまに来る分には豪華でいいところですが、ここで暮らせとなれば話は別。   ③民衆文化 民衆文化は普段の自分の周りでも何か片鱗が見えてきそうな内容です。不安から逃れるようにお祭りの時には騒ぎ、情けない男は集団でつるし上げて制裁する。暴力性が垣間見える部分もありますが、なんだ人間ってそんなに変わってないんだなと思えます。庶民本の普及で本が非日常を与える役割を担い始めたと書かれているところは、あぁ古き良き時代が去っていくのだなと郷愁を感じずにはいられません。 ④ブルジョワ文化による統合 本章はわずか4ページです。放埓な財政が生み出した買官制度により宮廷にやってきたブルジョワが、宮廷外にその高度な文化を持ち出していくというところを説明しているのですが、それがどうやって民衆文化と融合して現代文化になったかまでは説明してはいません。そこからさきは読者が調べる課題なのかもしれません。   と以上のように後半は記述が少ないのですが、その直後に参考文献が列挙されています。初学者にやさしい世界史リブレット、とりあえず何から読んだらいいか悩んだときにぜひおすすめのシリーズです。

戦時中の鉄筋コンクリートについて、お話します。

まず、鉄筋コンクリートとはなんぞや。 明けましておめでとうございます。2023年もよろしくお願いしたりしなかったりしますね。 そんな新年の挨拶もほどほどに、今回の主題である鉄筋コンクリートについてますは話しておきましょうか。 鉄筋コンクリートとは、コンクリートの芯に鉄筋を配することで強度を高めたものを指し、コンクリートは圧縮力に強い反面、引張力には弱く、一度破壊されると強度を失う一方鉄はその逆で、引張強度が高い反面、圧縮によって座屈しやすいが、容易には破断しない粘り強さ(靱性)を持つを両者を組み合わせることで互いの長所・短所を補い合い、強度や耐久性を向上させるものが鉄筋コンクリートであります。 これは現代の鉄筋コンクリート   戦時中の鉄事情 さて、そんな鉄筋コンクリート君ですが、戦時中はどうだったのでしょうか? 戦時中で鉄と言えば、ある程度ミリタリーや近代史を齧っている皆様でしたら、昭和16年に公布された金属類回収令による金属供出によって寺の鐘やら学校や公園やらの銅像が撤去されて溶かされて資源化、軍事転用されたというのは良く知っている事でしょう。 何を隠そう、戦前の日本は鉄鋼産業に問題を抱えていた国でした。 まぁ、仮想敵国である米帝から屑鉄を輸入していた時点である程度は察してください。 鉄鋼産業は、鉄鉱石を製錬して鉄を作る「製鉄」と、鉄鋼製品の元である銑鉄を加工して鋼鉄や特殊鋼を作る「製鋼」に分けられます。 そして、鉄鉱石を製鉄して鉄にするよりも、屑鉄を溶かして鉄にするほうが、ずっと安く鉄を作れます。 戦前の日本は、後者の製鋼はそれなりの水準でしたが、前者の製鉄はイマイチでした。 で、屑鉄を買ってくれば「製鉄」する必要が無かったので、日本は屑鉄需要がとても高かったのです。 実際、日本は鉄鋼は80%程度を自給していましたが、その元となる銑鉄の自給率は60%に届きません。 さらに、日本の製鉄産業は経営が苦しくて技術革新が進まず、その製品である銑鉄の品質もイマイチでした。 そんな中で、船、自動車、鉄道、建築材などで大量のスクラップを出し、比較的品質の良い屑鉄をたくさん出すアメリカからは禁輸、果てには戦争までしようというのです。頭を抱えたくなりますよね。   鉄不足の中での鉄筋コンクリート建築 なので戦時中の日本は鉄不足に悩まされました。それは戦時中に建てられた鉄筋コンクリート建築にも見るとこができます。 例えば、「戦争」で「コンクリートの塊」と言えばまず頭に浮かぶと思われるのが、トーチカ、特火点とか言われる奴ですね。 私は昔、北海道に住んでいたのですが、北海道はその土地の広大さからか、あまり戦争遺構が撤去されずに放置されているパターンが多く見られます。そのため、苫小牧や網走といった米軍の上陸が予想された海岸線には未だにトーチカが多く残っています。 北海道に今も残るトーチカ跡。こういうのが多いのが北海道のいい所である。 その中でも私は厚真町の海岸線にあるトーチカを5年ほど前に見に行き、天井に登ったりしたのですが、崩れた壁面からは一本も鉄骨が出ていない。 少し離れたところにあったトーチカの基礎らしき場所も鉄骨が30センチ間隔で1本ずつ出ているといった状況。完全に鉄不足から鉄筋をケチったり使用しないでこれらを乱造していたという切羽詰まった当時の状況がこういったところからも見て取ることができます。 これだと鉄筋の引張力と粘り強さの恩恵を受けられない訳ですから、強度の落ちたトーチカで米軍の砲爆撃に耐えられるのかとても心配です。 また、去年の夏に南相馬市に行った時……と言っても本来の目的は相馬野馬追と南相馬市博物館に静態保存されているC50形蒸気機関車を見に行くのが目的だったのですけれど。 南相馬市博物館に静態保存されているC50。大正の傑作8620形を再設計したものの、その優秀な点を再設計でほぼほぼ潰してしまった悲しい子である。 この103号機はC50の特徴の一つであった調子の悪い本省細管式給水温め器を取り外してあるようだ。   その南相馬市博物館には戦時中に製造されたコンクリート柱の断面があり、それには鉄筋の代わりに竹が骨組みとして使われていたのです。鉄筋ならぬ竹筋コンクリートです。竹のしなやかさを鉄筋の代用としようとしたのでしょうがそれでも強度は落ちているであろう事と、腐食に弱い事は想像に難くありません。 これが博物館内と、静態保存されているC50の隣に腰掛けとして置いてあるのです。 「こんな貴重なものを腰掛けにするだなんて……なんて贅沢なことをしているんだ」と思いながら腰掛けてきました。 いい歴史成分の摂取になりました。 C50の隣に腰掛けとして設置されている竹筋コンクリート。環状に空いた穴の部分に竹が通っている。   鉄道レールと鉄筋コンクリート建築 さて、交通面では同じく昭和16に、不要不急線と指定された鉄道は線路がはがされ、レール等の金属が軍事転用されました(札沼線や白棚線など) 鉄道レールは不要不急線から引っぺがされた後は、もちろん溶かされたものもあったでしょうが、レールは入ってしまえばまっすぐな棒。なので鉄筋コンクリートの鉄筋として建材に流用されたものもありました。 例えば、厚真町にある共和トーチカでは崩れたコンクリート壁面からレールが見えるところがあり、レールをそのまま建材として流用したのが分かります。 このように戦時中の日本は深刻な鉄不足に悩まされながら、あるものを節約したり流用したりして、今の建築基準ではお粗末と言わざるをえない鉄筋コンクリート建築をして祖国防衛をしようと奮闘していたのです。  

サンタさんは大悪人!? プレゼントの経済学

水差し野郎こと経済学さん  クリスマス。ある人は家族と、ある人は恋人と、ある人は友人と。みな楽しく過ごす日です。  いくら経済学者たちの性格が一人残らず捻じ曲がっていて、恋人はおろか友人だってろくすっぽ作れるはずがないという事実があるとはいえ、クリスマスくらいは場を読んで、水を差さないように気を配るに違いありません。    ……と言いたいところなのですが、残念ながら、経済学者の性格のひねくれようは我々の想像をはるかに超えています。  その経済学者がやり玉にあげたのは……   クリスマスプレゼントだろ!!  クリスマスの象徴、プレゼントなのです。    もちろん、いくらあの経済学者たちであっても、どこぞのイーデン校の経済学担当の先生のような無根拠の難癖をつけることはそれほど多くありません。  そこには一応の経済学的根拠があります。何も僻みや妬みだけで言っているわけではないのです。    ……ここまで経済学者の面の皮よりぶ厚いオブラートに包んでいますけど、流石にこの先は放送禁止用語が出かねんぞ。    というわけで(?)、このブログ記事では、経済学の観点から(クリスマス)プレゼントについて議論します。  ではでは、さっそくやっていきましょう。   ここは読み飛ばしてもおkです  まずは、教科書的なプレゼントの経済学的な意味について述べ……るために、経済学の考え方の基礎をお話します。  数学があんまり好きじゃないって人はここは読み飛ばしちゃっても構いません。    経済学の世界においては、私たちは日々難解な数式を解き、効用(うれしさ)を最大化すべく消費計画を決めることになっています。  代表的な効用最大化問題は、こんな感じです。  (x_iは第i財の消費量、p_iは第i財の価格、Yは予算)  これを皆さんは世の中の膨大な量の財に対して解いているのです。    え、そんなわけないだろって?  ごもっとも。もちろんそんなわけがありません。こんなの、世の中の人間の9割は解き方すらわからないと思います。  とはいえ、私たちは理由もなく消費計画を決めているわけではありません。皆さん自身は、何か商品を買ったり買わなかったりすることを、「なんとなく」決めていると思い込んでいるかもしれませんが、実は非常に多くの要素を考慮に入れた上で判断しているようなのです。    皆さんの意思決定はとても複雑で、ほんとうに様々な要素に左右されています。たとえば、今日の朝聞いたニュース、お隣さんの噂話、給料日、お財布の中身、空腹感、などなど。  しかもその上、時々の選択が必ずしも一つの目的のために行われている訳でもありません。これらをそのまますべてモデル化する、つまり数式で表すことは、どう考えてもできっこありません。  しかし、他の近似、とくに数学が扱いやすい形で表すことは可能です。これこそが上の効用最大化問題というやつなのです。    つまり、私たちは次のように考えます。  人々はあたかも効用最大化を行っているかのように行動する、と。    これなら、皆さんもある程度納得できるのではないでしょうか。そして、この考えの当てはまりは非常に良いのです。    ……ここまでずいぶんと文字数を使って説明しましたが、結局は、この記事では効用最大化で考えますよ、というだけの話です。  そして、効用最大化を前提にすれば、「プレゼント」の意味がひっじょーーーーにわかりやすくなるのです。   経済学者「『これプレゼントするね!』はすべて悪」  経済学上では、プレゼントはおおむね2種類に分けることができます(厳密にはグラデーション様だとは思いますが)。    第1がお金、ないしはそれに近い金券などのプレゼントです。代表例はお年玉でしょうか。最近ならアマギフもここに含まれると思います。  このようなお金のプレゼントは、当然ながら受け取り手が自由に使い道を決めることができます。何かおいしいものを食べてもいいし、自分の趣味に使ってもいいし、どこかお出かけをしてもいい。もちろん貯金することも可能です。  上の経済学的なお話を踏まえて言うと、「予算」が増えるということになります。もっとも、その分贈り手のお金は減っていますが。お金がただ移動するだけなので、皆が効用最大化を行うとみなせる限り、社会全体の効用はほとんど変わりません。  私が自分で1万円を使って本か何かを買っても、その1万円を娘の六花にプレゼントして、六花が六花自身のために何かを買っても、経済学の観点で見れば、結局この家族のうれしさは同じくらいになるのです。    第2が具体的な財やサービスのプレゼントです。ふつう、皆さんがイメージするプレゼントと言えばこちらでしょう。  このようなプレゼントは、お金と違って、受け取り手は自由に使い道を決めることができません。  お菓子をプレゼントされから、その価値の分のCDを買う、なんてことは無理な話ですね。あるいは飛行機のチケットを貰っても、お腹はちっとも膨れません。貯金なんてどうあがいても不可能です。パンを貯めておいたら腐ってしまいます。  これまた上の経済学的な話からは、特定の財の消費量だけが増えるということになります。この場合も、贈り手のお金が減っていますね。… Continue reading サンタさんは大悪人!? プレゼントの経済学

『花神』はいいぞ。(おすすめ大河ドラマ紹介 第2回)

※今回は、とある大河ドラマ紹介文です。 ネタバレ注意!   こんにちは、いのっちです! 年末の忙しい時期にも関わらず、私のブログを読みに来てくださって本当にありがとうございます!   「世界史べーた(仮)」開設からもうすぐ1年が経ちます。 先日はVtuber様との出張コラボ生放送が実現するなど、活動の幅が益々広がってきて非常に嬉しい限りです♪   今日は私が歴史好きになった理由の一つ「大河ドラマ」の御紹介をさせて頂きたいと思います(季節感なし!)。   今回御紹介させて頂くのは、幕末の長州を描いた作品『花神』(1977年[昭和52]放送)を御紹介します! (例によってリアルタイムで視聴していたわけではなく、総集編を観たことがあるだけですが💦)   本作は司馬遼太郎さんの小説『花神』を中心に、『世に住む日々』『十一番目の志士』『峠』などの小説を組み合わせた物語が原作になった作品です。   主人公は原作と同じく日本近代軍制の創始者である「大村益次郎(村田蔵六)(演:中村梅之助さん)」です。ただし、本作は長州藩を中心とする群像劇なので、「吉田松陰(演:篠田三郎さん)」や「高杉晋作(演:中村雅俊さん)」など松下村塾周辺の人々についても大きく取り上げています。   ドラマの中でも、変革の時代は三種類の人間によって成されると紹介されていました(思想家:吉田松陰、戦略家:高杉晋作、技術者:村田蔵六[大村益次郎])。   因みにタイトルの「花神」ですが、「花咲か爺さん」という意味だそうです。幕末という短くも激動の時代に命を燃やして一花咲かせた人々を描いた本作に相応しいタイトルだと思います♪     長州の村医者出身の村田蔵六が蘭学修行の為、大阪にある緒方洪庵の「適塾」(同窓には福沢諭吉・橋本左内などがいる)の門を叩くところから本作は始まります。   好学家で優秀だった蔵六ですが、特段野心があるというわけではなかったので、平穏な時代であれば故郷の町医者として一生を終えていたはずでした。しかし時代がそれを許しません。蔵六は技術者、そして軍人として故郷長州の動乱に巻き込まれていきます。     あと開明的で合理的な学者肌の印象が強い蔵六ですが、本作では少し違う一面を垣間見ることが出来るシーンもあります。   恩師・緒方洪庵の弔問の席において、蔵六は福沢諭吉に「なんで(蘭学を学んだあんたが、無謀な攘夷を主導している)長州なんかにいるんだ?」と問われす。 それに対して蔵六は憤然として答えます。   「攘夷の何が悪い!福沢のように物分かりのいい奴ばかりでは日本は滅びる。確かに俺たちは蘭学を学んだがそれがどうした。小さい国の癖に横柄な面をしている奴を討ち払うのは当たり前だ!(要約)」   ただの冷静な合理主義者ではない村田蔵六の熱い内面がほとばしる名シーンだと思います。(実際に『福翁列伝』に似たようなエピソードがあるとか)     他にも魅力的な人物はたくさん登場しますが、個人的なお気に入りはやっぱり「高杉晋作」ですね。   どこまでが史実なのかは存じ上げませんが、本作では高杉の破天荒エピソードがこれでもかというくらい採用されています。   例えば… ・将軍の行列にやじを飛ばす。 ・突然出家する。 ・講和会議の席で古事記を暗唱して相手の要求を有耶無耶にする。 などなど(これでもごく一部です)   しかし、「強質清識凡倫に卓越す(吉田松陰)」「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し(伊藤博文)」と称された高杉晋作。   勿論ただの問題児というわけではなく、「維新回天の原動力」として要所要所で大活躍していきます!   個人的に一番好きなエピソードでは「功山寺挙兵」ですね。   京都での戦い(禁門の変)に敗れたうえに、列強の連合艦隊にも完膚なきまでに叩きのめされ、窮地に立たされた長州藩。藩の上層部は幕府への恭順を決定、隊の存続を優先する奇兵隊の同志たちもその方針に理解を示そうとします… Continue reading 『花神』はいいぞ。(おすすめ大河ドラマ紹介 第2回)

オリジナル立ち絵を描こう!

オリジナル立ち絵について はじめましての方ははじめまして。 世界史べーた(仮)メンバーの眞白です。最近の活動としては、企画準備のためにオリジナル立ち絵を描かせていただきました。その関係で、今回のブログはオリジナル立ち絵のメリットから作り方のコツについて解説させていただきます。実は立ち絵を描くのは初めてです。イラストの練習方法的な話ではなく表現したいものに近づけるために気を付けるいちあっぷ的な記事として、実際にオリジナル立ち絵を制作する流れをご覧ください。   今回の記事にご協力いただくのは世界史べーた(仮)メンバーのカレルさんです。大河ドラマ放送や中国〜日本史関連の動画をよくUPされていらっしゃいます。大河ドラマまとめ放送などでスライドご協力をさせていただくなどの交流があるので今回実験台になっていただきました。ありがとうございます。   オリジナル立ち絵が欲しいとき 解説動画を投稿される方の多くは、ボイスロイドの無料で配布されているイラストを動画内の立ち絵や自身を示すアイコンとして使用されていらっしゃるのではないでしょうか。可愛いキャラクターが沢山居て選ぶ楽しみがあって良いですよね。 全ての画像を可愛いボイスロイドにしたい……けれど、活動が多岐につれてオリジナルのアイコンが欲しくなることがあるのではと思います。それは、生放送やゲームなどの参加時が顕著でしょう。個人的には「自分の作品(動画)にも注目してもらいたいけれど、その作品を作っている自分自身にも注目して欲しい」という思いをいだいたタイミングがオリジナル立ち絵を制作するタイミングだと思っています。もし、あなたが自分のオリジナルの立ち絵を持っていたら、どんな活動をしていてもあなたの活動を見つけてもらいやすくなります。   オリジナル立ち絵のメリット3選 ①動画ごとに同じ雰囲気を保つことができる >違うシリーズの動画でもあなたのオリジナル立ち絵を使うことで同じ作者の動画だとすぐにわかってもらえます! ②他の人と被らない >人気ボイスロイドの人気絵師の立ち絵は他の投稿主さんの動画でも使われがちです。自分だけのオリジナリティを模索したい方はオリジナルへ! ③生放送でも大丈夫! >立ち絵をアイコン等に使う場合、編集動画はボイスロイドの声が使えても生放送だと地声やボイスチェンジャーの声になります。その際、「ボイスロイドの声ではないけれどボイスロイドのアイコン」という情報の不一致を防ぐことができます。 (※生放送文化に慣れている方には違和感がないのですが、完全な外野から見ると不思議な状態になります)   キャラクターを作るには? とはいっても、何も情報がない状態からいきなりキャラクターをメイキングするのは難しいもの。まずは、Picrewさんなどのつくってあそべる画像メーカーから自分の好きな絵柄や髪の色、シルエットや表情を探しましょう。ネット上では女の子になりたい、メガネは相棒だ。色んな意見があって良いと思います。自分でラフが描ける方はここの工程は飛ばしてください。 [Picrewさん] https://picrew.me/   名前がピンポイントに親戚なメーカーさんがいらっしゃったのでわたしも制作させていただきました。アバターは可愛い(かっこいい)方がみんなが幸せになれるので羞恥心は捨てましょう。 [ましろ製造機さん] https://picrew.me/image_maker/960805 もし、ここで十分に自分好みなキャラクターができたならば、商用利用可能なメーカーかどうかを確認して、ここでつくったキャラクターを動画で使うことも可能です。   ※Picrewさんの〇〇メーカーはクリエイターごとに「商用利用」「非商用利用」「個人利用」「加工」などの使用可能範囲が設定されています。利用されるメーカー、およびクリエイターの注意喚起・規約をよく読んで楽しく使いましょう。動画のサムネイルやアイコン使用が禁止されているメーカーもあります。 ※動画投稿で収益化を視野に入れる場合はかならず商用利用が可能なメーカーからつくりましょう。   特徴を掴もう Picrewさんなどで、もしくは自力のラフで描きたいキャラクターが決まったならば、そのキャラクターの特徴を掴みましょう。例えばカレルさんの場合、既存アイコンのイラストを見ると大きな丸メガネと茶髪(もみあげ)が特徴的ですね。青い本(手帳?)を持っていて全体的に優しそうな雰囲気が出ています。 この時点で季節感が出てしまうマフラーは意図的に取らせていただきました。通年イラストの場合は極端に寒い・暑いを出してしまうよりは春秋ベースの格好をして小物で後から付け足すなどで考えた方が使い勝手が良いです。   (※季節感は単体アイコンの場合はあまり気にならないのですが、季節モノ集団企画に参加する際には気になることがあるので、最初は季節アイテムは外すことをおすすめします)   まずはミニキャラにしてみよう 「それ完全に間違ってますよ!」が決め台詞、イラストレーターのさいとうなおき先生の教えによると大きな立ち絵を描く前にミニキャラを描いておくとシルエットが整うそうです。実際、髪型のバランスや衣装の方向性などはミニキャラを描いておくと実際に等身の高い絵にした場合に悩む時間が少なくなるので、おすすめです。     イメージカラーを入れてみよう 折角世界史べーた(仮)として活動をしているので、べーた要素を入れたいと思います。今回着目したのは、世界史べーた(仮)のメンバーが1人1人決めている「メンバーカラー」です。カレルさんのメンバーカラーは「#000080(Navy)」ですので、青色をアクセントとしてイラストに入れることにします。数年前から流行っている髪の毛のインナーカラーや小物の一部として今回は入れさせていただきました。   色相環を意識してみると? もう少しだけメンバーカラー「#000080(Navy)」を活用しましょう。色相環で青の反対側にある色(補色)をうまく活用すると、インパクトの強い画面を作ることができます。青の反対は黄色ですので、黄色をシャツや本の紐などに使用することにします。 (この色相環自体を覚える必要はありませんが、自分のイメージカラーの反対の色を覚えておくとイラストやデザインを作る際にとても役に立ちます)   色度差・明度チェック ミニキャラの段階でイラストを大きくしたり、小さくしたりしてみましょう。配色でわかりにくくなる部分がある場合は色相や明度を調整すると解決することがあります。今回はカレルさんの持っている本がコートの色と被ってしまいがちでしたので、本来であればマフラーで使っていた緑をベースに色相や明度を変えて持ち物をもっていることが分かりやすくなるようにしました。   等身を上げてみよう ミニキャラができたら、今度は等身を上げたイラストを描いてみましょう。意識するところはミニキャラと同じですが、頭身があがることにより細かい描き込みが必要になりますので、バランスに気をつけながら制作していきましょう。実際の解説動画では足などは使われることはないのですが、足まで描いていると全身のバランスが取りやすい上に、いざ必要になった際に新たに描き直さなくて良いのでおすすめです。  … Continue reading オリジナル立ち絵を描こう!

世界史小話~クローヴィスの改宗~

世界史教科書では、クローヴィスの改宗について 「正統派キリスト教のアタナシウス派に改宗」 ということだけが記されていて、改宗以前はどうだったのかが明らかではありませんでした。中には 「改宗」という語に引きずられて、 「アリウス派からアタナシウス派キリスト教に改宗」 などと補っているものもありますが、これは明白な誤りです。誤解の余地のないように 「異教から」 という語を入れて説明しなくてはなりません このことについての出典は何かというますと、従来の諸研究と同様、教科書でもトゥールの司教グレゴリウス (五三八~五九四年頃)が著した 『歴史十書』 (フランク史) に依拠しています。 『歴史十書』 は、史料の乏しいメロヴィング朝フランク王国史にあって唯一と言ってもよい最重要の叙述史料です。「クローヴィスの改宗」 については、 『歴史十書』 の 「第二書」 に記されています。それの内容は、異教の神々の偶像を信奉していたクローヴィスは、ブルグンドの王族出身の王妃クロティルデが信じるキリスト教 (アタナシウス派) を、彼女がしきりに勧めるにもかかわらず、拒否し続けていた。ところがあるときアラマン人との戦いで劣勢に立たされ全滅に瀕した際、クローヴィスは異教の神々ではなく、イエス=キリストに祈って勝利を得た。これによりクローヴィスは、クロティルデが招いたランスの司教レミギウスの手で部下三千人以上とともに洗礼を受けた、というものです 「部下三千人」 との記述が、 『新約聖書』 の 『使途行伝』 二章四十一節にあるペテロが三千人を改宗させた話を下敷きにしているなど、グレゴリウスの叙述には護教的な脚色が多く、戦いの最中にクローヴィスがイエス=キリストに祈ったかどうかも含めて、すべてを事実とするわけにはいかないでしょう。しかし、教科書本文にも記したように、クローヴィスがこの改宗によって、ガリア各地でキリスト教の司教として地域社会を支配していたローマ人貴族層の支持を取りつけ、そのことによってガリアの支配を確実なものにしたことは間違いありません。 参考文献 トゥールのグレゴリウス著・兼岩正夫ほか訳注 『歴史十巻 (フランク史) 』 Ⅰ・Ⅱ 東海大学出版会一九七五~七七年

編集後記(11月5日公開 さとうささらの憲法解説)

お久しぶりです。今日のブログはタイトルの通り、編集後記です。 さて、先日の動画はお楽しみいただけたでしょうか? 国際法をメインに取り扱っている身でありながら、趣向を変えて憲法学にチャレンジしてみました。動画ではお伝えしきれなかったことを書いていきたいと思います。   法学×歴史学? 動画でも述べている通り、「憲法」は義務教育で唯一習う法かと思います。 あれは今から三万六千、いや一万六千年前だったかもしれません。私が小学生だった頃は、憲法前文を全文丸暗記しようね、などと言われ、覚えさせられた記憶があります。 当時はただの難しい長文でしたが、動画で触れた通り、憲法の立憲的意味があるからこそ、あそこまで重要視されるんですね。 これはまさに、人類が長い歴史の中で「権力に好き勝手させたら回りまわって国民が苦しむ」という事に気づいてしまい、さぁどうしようか?と頭をひねった結果なのでしょう。 そういう意味では、法学は歴史学と非常に密接な関係があるのではないでしょうか? 実際、著名な法が制定される前には、必ず何かしらの歴史的事件があるものです。 先日、SNSでこんな投稿を見た(気がします)。 『ロシアによるウクライナ侵攻で、国際法を受講する大学生が増えている。一方で、国際法はロシアの侵攻を防げなかったのだから無意味だ。国際政治学の方がよっぽど実用的だ』 まぁ、その通りかもしれませんが、このままでは国際法に限らず、法学全体が少し可哀そうなので補足をしておきます。 法学とは、『過去を省み、未来を見据える』学問と言えると思います。(※個人の感想です) 法を考えるときは、まず過去を振り返ります。「過去、こんなに凄惨な事件があったよ」「なんでだろうね」と。 そして、未来に視座を移し、「将来二度と起こさないためにはどうしようか?」と、う~んう~んと悩みぬく訳ですね。 そんな感じで、法を考える時は、その背景となった歴史上の出来事も関連してるんだよ~と思ってもらえれば、法学or歴史学のお勉強がもっと楽しくなるかもしれません。 憲法といえば改憲云々の議論は避けて通れませんが、改憲を考える時は、某条がどうのこうのだけに囚われず、動画で述べた「憲法の基本的な考え方」を是非とも思い出して頂ければ。   哲学者ってすごいよ 自然法思想に触れる際、避けて通れないのがT・ホッブズ、J・ロック、J・J・ルソーの御三方です。 他にも、法学に影響を与えた思想家としては、私の前々回動画で取り上げたグロティウス、ベンサム、JS・ミルなどがいらっしゃいます。 私は哲学分野はさっぱりなので、動画を作るにあたって資料を読むんですが、まぁ~すごいですね。 彼らの考えはなんかもう「私じゃ完全に理解するの無理だな~」となるくらい壮大です。 これを研究する哲学科って本当にすごいですね。(哲学科の先生に大抵ぶっ飛んでる人が多いのはひみつ) 人の思想を追いかけるのには、根気が要ります笑 要約ノートなんかがあればすごく便利なんですが・・・。 話は変わりますが、後年、私の動画を発見した哲学者が私の思想を研究対象にしないとも限りません。 そんなときに「このせるヴぁんだとかいうやつは何を考えて動画を作っていたんだ?」と貴重な時間を割いて頂くもの恐縮なので、ここに答えを書いておきます。 ささらちゃんもかわいいじゃん 編集もっと楽ちんにならへんかな~ 大学図書館に住みたい!24時間空いていて欲しい! 無料でコピーできませんか! 洋書を自動で日本語化してほしい(翻訳メガネ的なの欲しい) 以上です。ちなみに、今回ささらちゃんを起用したのは、仕事で全六花航空を利用したためです。 さて、ほぼ駄文でしたが、憲法解説「も」続くとおもいますので、また次回~。(シリーズものをやりすぎなんだよ)          

2019年にロシア行ったって話

どうもゆはるです。 今回は私の旅行記第三弾として、2019年に行ったロシア旅行の様子をお伝えします。   言わずもがな、2022年11月現在、ロシアに観光旅行なんて考えることもできない状況です。 外務省が出してる危険情報ではロシア全土が「危険レベル3」でウクライナ国境付近は「危険レベル4」、ロシア政府が自国民含め出入国を著しく制限していますから、入国はできても出国できないなんて事態に陥るかもしれません。   ロシア、まぁそこそこに観光する場所がある国です、今回惜別の意も込めましてロシアの見どころをいくつか写真も合わせてお伝えしたいと思います。この記事に載っている写真は全て私ゆはるが撮影したものです。 赤の広場 やはりロシアといえば最初に思いつく観光地はここでしょう。正教会独特の建造物は一度見れば印象に残ります。 一応遠目で見た写真もあったのでペタり。2019年の赤の広場は自分以外にも観光客がたくさんいて平和でした。   また、写真はありませんが(写真撮影禁止のため)、赤の広場の近くにはレーニンの遺体を見ることができる施設がありました。レーニンの身長は165cmで、おそらく見物した人の多くは小柄だなという印象を持ったでしょう。ちなみにプーチン大統領の身長は168cm、スターリンの身長は163cm(両人共に諸説あり)で、ロシアの歴史的重要性を持つ人物は小柄な人が多いんですね。エリツィンは187cmだったけど。   エルミタージュ美術館 エルミタージュ美術館もロシアの観光名所として三本指に入るくらい有名ですね。 私は会えませんでしたが、展示物をネズミから守るため、エルミタージュ美術館では70匹もの猫を飼っているというのは有名な雑学です。   美術館では様々な展示が行われていましたが、一番印象に残っているのは2018年より展示が始まったというニコライ2世のワイシャツです。 そう、あの大津事件の時のやつです。 警察官の津田三蔵に右耳上部をサーベルで切りつけられたこの事件、その時に付いたと思われる血痕がワイシャツの首元部分にはっきりと残っていました。ちなみに写真撮影OKでした。 このワイシャツが展示されているという情報、なぜか日本語圏ではあまり知られていませんね。日本語で検索をかけてもロシア政府系メディアの「スプートニク」の日本語版の記事しか主にヒットしませんでした。 2022年にはロシアへの観光旅行が制限されたことを考えると、展示が開始された2018年からの4年間しか日本人が生で見る機会がなかったのかな? この写真実は貴重だったりして。   そんなわけでいかがだったでしょうか。 ロシア旅行はしばらく行けん、児島惟謙な情勢ですが、死ぬまでにはもう一度訪れてみたいとも思っています。西欧色の濃いサンクトペテルブルクと東欧色の濃いモスクワの対比とかね、楽しかったですよ。ロシア人も観光客の私には人懐っこくて親切でした。   ロシア旅行が気軽に行けるくらい平和な世界情勢に早く戻ることを願っています。それでは。